「再会遠ざけた情報保護の壁」

平成19年11月20日朝日新聞投書欄より
タイトルの見出しで、群馬県館林市に住む壮年の方からの
投書で心に残るものがありましたのでご紹介させていただきます。

一年に一度、妻と私は老人ホームに居るKさんとレストランで昼食を共にした。 食事をしながら、彼女は一年の出来事を楽しそうに話した。

仕事の縁で出会って20年。今年も都合を伺うため、初夏に老人ホームに電話をしたところ、
Kさんはもういないという答え。
すぐ老人ホームに行って尋ねたが、担当者はどこへ移ったか
Kさんの個人情報は教えられないと言う。

私は、私の氏名と電話番号を書き残してきた。

数日後、彼女が移った入所先の職員から電話があり、 見舞いに行った。 彼女はベッドに横たわり、目を開けることも声を出すこともなく、 無論、私を認めることもできなかった。

8月中旬、次に見舞いに行ったとき、
彼女はすでに亡くなっていた。

お墓はどこかと職員に聞くと、個人情報は教えられないと、
ここでも同じ対応だった。

彼女は自宅から老人ホームに移った後、車いすの生活となった。
身寄りのない一人暮らしの生涯を、
それでも気丈に貫いた人だった。
「私たちはお友だちよね」と語った言葉は、
彼女の生涯を思えば、重い。

個人情報の保護ばかりが一人歩きしているが、
個々の人格を思いやった情報の取り扱いが出来ないものだろうか。

投稿者 文洋株式会社 : 2007年11月22日 11:12